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Psalm of The Sea

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一騎打ち?

6月28日(月)at 柏STUDIO WUU
林正樹(pf)/玉井夕海(vo,pf)
open 18:30/start 19:30
前売 ¥2500 当日¥3000(1DRINK別)
柏STUDIO WUU 04-7164-9651

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この一年半、一人でどこまで通用するものか試したくて
一人弾き語りライブを敢行してきましたが
そろそろ他のミュージシャンの方々とも組んで歌いたいなあ・・・
と、思っていた矢先の四月。

ピアニスト・林正樹さんとばったり再会し
対バンをさせていただくことになりました。

林さんには以前、映画『もんしぇん』公開記念ライブでサポートを御願いして以来なので
五年ぶりになりますが
こんなふうに一対一でライブが出来るようになるなんて!

私もちょっとは成長出来たという証かしら。

・・・そう思ってがんばります。
ぜひとも、いらしてください。
スタインウェイのグランドピアノで弾きます。
最後の3曲は、林さんのピアノと一緒に歌います。



うれしいなあ
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by Yoomi_Tamai | 2010-06-28 19:30 | 告知

スロバキア!!!!!!!!

すごい!!!!!!!!!!!

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by Yoomi_Tamai | 2010-06-25 01:00 | わたくしごと

米寿のBABAの花しごと

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東中野に在る、小さな雑貨店
間kosumiにて
母方の祖母の小さな個展が催されることになりました。

米寿のBABAの花しごと
2010年6月19日(土)~27日(日) 


BABA というのは、祖母の呼び名です。
私が生まれた時、父方の祖父母、母方の祖父母、両方に
「どのように呼ばれたいですか?」とアンケートを取って、それぞれに

グランパー、おばあちゃま、ジジ、ババ、

が いい。
という返事があって、そうなりました。
ただ「ババ」というのは、関西弁でうんちのことだよ。とある人に言われ
以来、BABAというのが彼女の表記になりました。

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案内状の写真にもなっている上の絵は、
私と妹がまだ幼かった頃の、我々親子四人を彼女が描いてくれたものです。

私はとっくに大人になり
妹もすっかり大人になり

BABAはもう、ずっと前からおばあちゃんだったけれども
もっとおばあちゃんになりました。

写真を見れば、小さな私の隣に立っている彼女はおばあちゃんではなく
美しい貴婦人のような人だったことに気付いたのは
実は、ついこの間のことですが

「BABAはもう歳だから。これが最後」
といつも何をやるときも脅されて、私は悲しくなって泣いていました。
もう何度も騙されたので、きっとまだしばらくは

どうなんだろう。

少なくとも、今はとても元気です。

会期中はkosumiにBABAが顔を出す時もあると思いますので
ぜひ、よかったら遊びにいらしてください。
魔女みたいな小さなお婆ちゃんです。


私のささやかな唄と物語の大きな要素の一つは
ここにあると言えます。
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by Yoomi_Tamai | 2010-06-19 02:15 | ご紹介

『上海バンスキング』放送のお知らせ

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のんびりしていたら、お知らせがすっかり遅くなってしまいました。
もう、BS HIでの放送は終わってしまっていた・・・。
まだBS2の放送は来週だったので、記載しておきます。
私は、楊麗という中国娘の役で登場しています。
まだ三ヶ月前のことなんだなあ。時間とは本当に不思議。

BS2プレミアムシアター 斎藤憐 作 音楽劇『上海バンスキング』復活公演
6月14日(月)【13日(日)深夜】  午前0:40~4:00


1994年、多くのファンに惜しまれつつラスト公演の幕を閉じてから16年。舞台、映像で活躍する
元・オンシアター自由劇場の豪華メンバー、吉田日出子、笹野高史、小日向文世らが再結集する。
1979年、六本木の小さな地下劇場での初演は大きな反響を呼び、瞬く間に熱狂的なファンを獲得し、日本各地の劇場から上演のオファーが殺到した。劇作家・斎藤憐による本作は昭和初期“魔都上海"に生きた、音楽と自由と愛を謳歌するジャズマンたちの物語であり、役者たちの演奏するジャズナンバーとともに人々の心をとらえた。
アングラ演劇の小劇場から生まれたスケールの大きい軽やかな舞台は、その後大劇場へと舞台を移し一層その魅力を増し、演劇史に残る傑作音楽劇といわれるようになった。
再演を望む観客や演劇関係者からの熱い声援により、遂に再演を果たす「上海バンスキング」をお届けする。

作:斎藤憐
演出:串田和美
出演:吉田日出子、串田和美、笹野高史、さつき里香、大森博史、真那胡敬二、小日向文世、
服部吉次(黒テント)、小西康久、酒向芳、内田紳一郎、三松明人、片岡正二郎 ほか

収 録:2010年3月10日(水)
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by Yoomi_Tamai | 2010-06-07 09:33 | 告知

去年の昨日、その前の日。

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去年にも6月1日があったし
その前の日も、その前の日もあったんだなあ。

写真を整理していたら、ぼんやりと当たり前のことを思いました。
上の夕焼けは、2009年の6月1日。

これは、その前の日。5月31日。
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この写真の前日に、私の大事な師匠のうちの一人
白石通弘氏が亡くなったことを
31日の夜、電話で娘さんから告げられて
ずっと涙が止まらなかった時の
様子。

ああ、一周忌だったのに。
私は何もしていなかった。今年。


白石さんは、私が高校の頃に在籍をしていた
読売新聞子ども記者団の編集長で
私を天草へ誘って下さった方であり
声の大きな(いびきも大きな)妥協のないビール好きの
とても面倒くさくて存在感のあるおじさんでしたが

対する私も、負けじと面倒くさい高校生だったので
とてもかわいがっていただき
読売新聞を退職されて、生まれ故郷の今治へ帰られた後も
何度かお宅を訪れてはご厄介になりました。
Psalm全国ツアーの時にも訪れて、この家の庭で奥さまの追悼ライブをやったことが
ありましたし

記者団時代にも、その後も、
いろいろありました。

その中でも一番思い出に深いのは、「御所浦町長事件」の時のこと。

映画『もんしぇん』を作る前、私が天草の御所浦に住み込んでいた2003年の夏。
日本最高齢の町長さんを抱えていた島のみんなから、何故か当初、
「町長になってくれ」と、冗談まじりに半分本気で頼まれて、
ああ。私は映画を作ることも音楽も芝居も全部やめて、
この島で町長になった方が、みんなの役に立つのかな。
それならそうしようかな。

と、泣きながら毎日悩んでいたある日。
(今考えるとおもしろいんですけど)

奥さんを連れた編集長が、四国から船を乗り継いで
御所浦に来てくださったことがありました。

「港まで迎えに来なさい。
 僕ら夫婦はね、君へのお土産で手がいっぱいなんだ。運びに来なさい」

と呼びつけられ、なんのお土産だろうとつっかけサンダルで出迎えに向かう途中
漁船の音のする方を見やると
海上タクシー(小さな漁船を海のタクシーにしている)の甲板から手を振っている、
いつもの水平帽を被った黄色いポロシャツ姿の編集長と
にこにこ顔の奥様が立っていて

もっとよく見ると
二人の腕の中には籠があり
籠には、今治の庭の畑に生ったキュウリやトマトやいろんな野菜が一杯に入っていて

それを抱えた二人は
まるで恵比寿様のような出で立ちで
大笑いしたのでしたが


その夜。

町長になった方が人の役に立つのなら
いっそ全部やめようかと思うのです。
と、まっくらな夜空を見上げながら言う私に、編集長は言いました。

「風土という言葉はね、風と土、と書くだろう。
 風と土がなければ、風土は育たないのだ。
 お前は、風だ。
 だからここに留まってはいけない。
 俺は、土だ。土にしかなれない男だ。
 まあ、四国も天草も同じような島だから。四国で土になったって、同じだよ。
 だからお前はね、安心して飛んで行っちゃいな。
 俺が土になってやる。町長にはならんでよろしい。」

と、言われました。


それでも『もんしぇん』を見れば
「お前はこんなもんが作りたかったのか。わからんちんな映画だな」と笑われ
音楽を奏でれば
「お前はこんなもんがやりたいのか。さっさと海洋学者にでもなれ」と鼻を鳴らされて

私はその度におろおろして、自信がなくなりましたけれど
やはり、こんな風にして人生を生きていくしかないと覚悟をしたのは
他でもない、編集長の葬儀に出ないことを決めた時でした。


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編集長がちょうど、この世界から旅立った頃。

私は、ちょうど北海道から訪れていたコンカリーニョの高橋正和さんと一緒に
Nordic Treeという、フィンランド伝統音楽を奏でるバンドの演奏を聴きに
吉祥寺のライブハウスにいて

二階席でビール片手に酔っ払って、
鼻歌を歌いながら
タップを踊っていたのでした。


なんて軽やかな
やさしい音なんだろう。

天に昇っていけそうだ。


こんなにやわらかに弦に触れる人はきっと
家族や友人のある日の悲しい気持ちも闇の果てしなさもそっと分かって
黙って座って髪を撫でながら暖炉に薪を焼べるような
そういう人達なんだろう
わたしはそんな人にいつかなることができるだろうか


と 思いながら音楽を聴いていた あの頃。


あんなに暑苦しかった一つの熱が彼方へ昇ったのだなあ。
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by Yoomi_Tamai | 2010-06-02 19:27 | わたくしごと